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東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)176号 判決 1985年7月25日

原告

富樫泰藏

右訴訟代理人弁護士

芹沢孝雄

相磯まつ江

弁理士

河野克己

被告

特許庁長官宇賀道郎

右指定代理人

東野好孝

外二名

主文

特許庁が昭和五三年審判第一三七三〇号事件について昭和五六年五月一二日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四九年一〇月二三日、考案の名称を「サインペン」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願をしたところ、特許庁は、昭和五三年七月一七日、右実用新案登録出願について拒絶査定をした。そこで、原告は、同年九月一一日、右拒絶査定に対する不服の審判を請求し(昭和五三年審判第一三七三〇号事件)、同五六年三月三一日付手続補正書により明細書の全文を補正したが、特許庁は、同事件について同年五月一二日、右審判の請求は成り立たない旨の審決(以下「本件審決」という。)をし、同審決謄本は、同年六月一〇日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

溶剤に溶ける合成樹脂製ペン軸1先端の挿孔2内に、外側に凹凸3を形成し且つ該凹凸部に溶剤5を塗布した溶剤に溶けない合成樹脂製ペン芯4を挿着したサインペン。(別紙第一の図面参照)

三  本件審決理由の要点

1  本願考案の要旨は、前項記載のとおりであるところ、本願考案の実用新案登録出願前に、日本国内において頒布された刊行物である特許出願公告昭四八―二六八六四号公報(以下「引用例」という。)には、「合成樹脂製1の口先a内面に該軸筒を溶かさない溶剤層2を形成せしめ、ペン先3が挿着される首筒4を溶剤層2によつて溶解される合成樹脂でつくつて口先a内に挿入した筆記具。」(別紙第二の図面参照。図面中第2図は第1図X―X線、第3図は第1図Y―Y線の各横断平面図)について記載されているものと認められる。

2  本願考案と引用例記載の技術とを比較すると、両者は、次の二点で相違しているが、サインペンの構成で一致しているものと認める。

(一) 溶剤を塗布する個所が、引用例においては首筒であるのに対し、本願考案ではペン芯の凹凸部である点

(二) ペン芯の形状が、本願考案では外側に凹凸部を形成しているのに対し、引用例ではこれが欠如している点

3  そこで、右相違点について検討すると、

(一) 右相違点(一)に関しては、ペン軸にペン芯を取り付ける手段として溶剤を用いる点では、本願考案と引用例記載の技術とは共通の技術手段であり、本願考案のようにペン芯の凹凸部に溶剤を塗布しても、引用例記載の技術に比して効果に格別の差異があるとは認められず、この点は、当業者が必要に応じ極めて容易になしうる程度のことと認める。

(二) 前記相違点(二)に関しては、挿入固着手段として凹凸を形成することは従来周知の技術であり、特にこの点に考案を認めることができない。

4  したがつて、本願考案は、引用例記載の技術に基づいて極めて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  本件審決の取消事由

本件審決は、本願考案の要旨の解釈を誤り、その結果、本願考案と引用例との対比において両者の構成上及び作用効果上の差異を看過し、ひいて、本願考案をもつて引用例記載の技術に基づき極めて容易に考案をすることができたものとの誤つた結論を導いたものであつて、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  本願考案の特徴は、(1)ペン芯上に挿入固着手段として凹凸を設けていること、(2)ペン芯を不溶性とし、可溶性のペン軸と組み合わせたこと、以上二点の結合にある。そして、本願考案は、右の構成を採用したことにより、従前の技術にはない顕著な作用効果を奏する。すなわち、本願考案は、明細書の「考案の詳細な説明」の項に記載されているとおり、「溶剤に溶けないジュラコン等の合成樹脂製ペン芯4の外側に該ペン芯の長手軸線と略直交する凹凸3を形成して該凹凸部に溶剤5を塗布し然して該ペン芯を溶剤に溶ける塩化ビニール等の合成樹脂製ペン軸1先端の挿孔2内に挿込み、上記溶剤により溶かされた挿孔内壁の組織中にペン芯4の凹凸3が介入した状態で固着せしめたサインペン」であつて、溶剤に溶けないペン芯4に形成された該ペン芯にほぼ直交する凹凸3を溶剤に溶けるペン軸1の挿孔2内壁の組織中に介入した状態で結合する構成であるから、強い筆圧を受けても、ペン芯4がペン軸1内に没入したり、抜け取れるおそれがないという、従前の技術にない顕著な作用効果を奏するのである。これに対し、引用例記載の技術は、溶剤に溶けない合成樹脂製軸筒1(ペン軸)の口先(挿孔)内面に溶剤層2を形成して、右口先内に溶剤に溶け膨潤溶解される合成樹脂製の首筒4(ペン芯)を挿入した構成であつて、首筒4の外面は平滑で凹凸がなく、したがつて、首筒4と合成樹脂製軸筒1の口先aとは首筒4が溶けて膨潤化したことにより、換言すれば首筒4の外面が糊状となつて平面的に接着しているだけであるから、首筒4外面の溶解による縮小と相まつて、使用するにつれて容易に抜け取れてしまうという欠点を有するのである。しかるに、本件審決は、両者の上記の構成上及び作用効果上の差異を看過し、ペン軸にペン芯を取り付ける手段として溶剤を用いる点で、両者はその技術手段を共通にし、また、本願考案のようにペン芯の凹凸部に溶剤を塗布しても引用例のものに比し、作用効果上格別の差異が認められない等の誤つた認定判断をし、その結果、本願考案をもつて引用例から極めて容易に考案しうるものとの誤つた判断をしたものである。

2  本件審決は、前記のとおり(相違点(二)についての認定判断)、挿入固着手段として凹凸を形成することは、従来周知の技術であるとしたが、本願考案のように、不溶性のペン芯と可溶性のペン軸との組み合わせのための要素としてペン芯に凹凸を設ける技術は、周知技術ではない。被告は、本願考案におけるペン芯に凹凸を設ける技術が周知技術であることの立証として、<証拠>を提出するが、<証拠>に記載されている粗面は、本願考案のペン芯の外側に形成した凹凸部とは異なる。また、<証拠>には、雌ねじと雄ねじの螺合間隙に接着剤を注入する技術が記載されているが、これは、筆記具に関するものではなく、雌ねじ付ナットのねじに雄ねじを螺合する場合のゆるみ止めないしは洩れ止めの技術であつて、本願考案とは全く関係のないものである。更に、<証拠>には、金属管の押込み継手に関する技術が記載されているが、これは、本願考案のサインペンとは技術分野を異にするばかりか、その構成は、継手の外周に設けた凹凸部の外面に接着剤を塗布して右接着層を介してパイプに挿着するもので、三層結合というべきところ、本願考案においては、接着剤ではなく、溶剤を使用し、右溶剤は接着媒体ではなく、ペン軸の挿孔内壁の組織を瞬間的に膨潤させてペン芯の凹凸を介入結合させるための一時的媒体にすぎず、その結合は凹凸付きペン芯とペン軸との二層結合であり、したがつて、両者は、その構成を全く異にするものである。更にまた、<証拠>に記載されている表面処理による微細な凹凸というのは、化学的に粗い面にすることであつて、このような粗面の微細な凹凸では接着剤による接着能力を増大させるだけで、本願考案にいう凹凸が機械的に形成されたもので、凹凸部がペン軸の挿入孔内組織に楔入し、頻繁な筆圧に対してもペン芯が没入したり、抜け取れることがないという効果を奏するのとは異なる。

第三  被告の答弁<省略>

第四  証拠関係<省略>

理由

一請求の原因一ないし三の事実(特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点)は、本件当事者間に争いがない。

二そこで、原告主張の本件審決の取消事由の有無について判断する。

別紙第一

別紙第二

前記当事者間に争いのない本願考案の要旨並びに<証拠>によれば、本願考案の「実用新案登録請求の範囲」の項の記載は、本願考案の要旨と同一であるところ、本願考案の明細書の「考案の詳細な説明」の項には、その第一文に本願考案のペン芯外側に形成される凹凸が「ペン芯の長手軸線と略直交する」構成であるとの記載があり、次に、従来の合成樹脂製サインペンの技術上の欠点として、「従来この種サインペンにおいてペン軸にペン芯を取着けるには、単にペン芯を軸先きの挿孔に圧挿固着したものか或は第三図に示したように先端を蛇頭状に形成したペン芯を軸先きの挿孔に挿着したものが殆んどであり又このほか第4図に示したように、ペン芯先端部に金具を嵌着して該金具部分をペン軸の挿孔に嵌着したものである。然るに前二者はペン軸先端の挿孔に挿着される部分は単に棒状であるから強い筆圧を受けたり或は作製時ペン軸後端より含滲インク棒を挿入するとき往々にしてペン芯が軸内に没入したり脱出する欠点があつたのと、軸先きのペン芯を挿着する際ペン芯の中心部である毛細管群を圧扁又は変形してインクの流通を阻害する等の欠点があり、又後者の場合は金具嵌込みの際ペン芯を圧搾変形してインクの流通を阻害すると共に金具なる余分の部材や取着け手数を要するのでペンを高価ならしめる不利があつた。然して、又以上のほか合成樹脂製ペン軸先端の挿孔内壁に溶剤を塗布して該挿孔内に上記溶剤に溶ける合成樹脂製のペン芯保持部材を装着する提案もあるが、このようなものは細径の挿孔内壁への溶剤塗布に難があるのと保持部材が溶けるので、保持力が弱化し然も殆んど接着と異ならないので、これ又筆圧によりペン芯が外脱し易い欠点を具有するものである。」旨の記載があり、右欠点を解決することが本願考案の目的であり、その手段として、本願考案は、「溶剤に溶けないペン芯4の外側に該ペン芯の長手軸線と直交方向の凹凸3を形成して該凹凸部に溶剤5を塗布し然して該ペン芯を溶剤に溶けるペン軸1の挿孔2に挿着した」構成を採用したものであること、そして、右の構成を採つた結果、叙上従来の技術上の欠点が克服され、本願考案では、「ペン芯4の凹凸3が溶剤で溶かされた該ペン軸の挿孔2内壁の組織中に喰込み状に介入し次で時間の経過に連れ溶剤が揮発するのでペン軸の挿孔2内壁組織中に凹凸3が一体的強固に結合するに至り、従つて強い筆圧を受けてもペン芯4がペン軸1内に没入したり外脱するおそれがない効果を奏するのであつて然もこの際ペン芯4は何等溶解又は圧搾されることなく挿着されるのでペン芯の弱化や毛細管群が閉塞されることがなく、従つてインクの流通は常に円滑に行われつつ有効に筆記せられる効果も具有するものである。しかして、本案は単にペン芯に溶剤を塗布してペン軸の挿孔に挿着するのみであるから、作業は頗る簡単能率的に行われ従つて安価に提供せられる実益をも具有」する旨記載されていること、また、実施例を示す添付図面には、ペン芯の長手軸線にほぼ直交する凹凸が示されていることが認められる。そして、右認定の各事実を総合すれば、本願考案の実用新案登録請求の範囲(本願考案の要旨と同一)にいうペン芯の外側に形成される凹凸は、ペン芯の長手軸線にほぼ直交する凹凸を意味するものと解するのが相当であり、右凹凸をもつて単なる粗面と同一視することはできず、本願考案は、原告の主張するとおり、溶剤に溶けないペン芯の凹凸を溶剤に溶けるペン軸の挿孔内壁の組織中に介入した状態で結合する構成を採用することにより、強い筆圧を受けても、ペン芯がペン軸に没入したり、抜け取れるおそれがないという、従前の技術にない顕著な作用効果を奏しうるものと認めることができる。これに対し、<証拠>によれば、引用例記載の技術は、本件審決の認定のとおりであつて、溶剤に溶ける首筒4(本願考案のペン芯に対応するもの)を溶剤に溶けない合成樹脂製軸筒1(本願考案のペン軸に対応するもの)に挿入しただけで、首筒4の外面が平滑で凹凸がなく、単に首筒4が軸筒1に溶解接着している構成であつて、前記本願考案の明細書の「考案の詳細な説明」の項に、本願考案によつて問題点を解決しようとした従前の技術の一つとして記載されている「合成樹脂製ペン軸先端の挿孔内壁に溶剤を塗布して該挿孔内に上記溶剤に溶ける合成樹脂製のペン芯保持部材を装着する提案」に共通する構成であるから、本願考案とはその技術的思想を異にするものというべく、前記本願考案の構成によつてもたらされるような作用効果を有しないものであることは明らかであるといわなければならない。なお、原告代理人が昭和五七年四月一一日に<証拠>(本願考案の実施例のペン芯であることについて当事者間に争いのないもの)を用いたサインペンに筆圧を加えた状態を撮影した写真であることについて当事者間に争いのない<証拠>及び前同日同代理人が<証拠>(本願考案のペン芯から凹凸部を除去した試作品であるペン芯であることについて当事者間に争いのないもの)を用いたサインペンに筆圧を加えた状態を撮影した写真であることについて当事者間に争いのない<証拠>によれば、本願考案のようなペン芯に凹凸を設けたサインペンは、凹凸を設けていないサインペンよりも、筆圧による没入がないという効果が著しく大きいことが認められ、右事実は、前記本願考案の顕著な作用効果を裏付けるものといえる。

被告は、本願考案のペン芯の凹凸部がペン芯の長手軸線にほぼ直交する構成をなすとの点は本願考案の要旨外の事項であり、原告主張の作用効果は右要旨外の事項に基づくものである旨主張するが、右被告の主張は、前認定説示に照らし、採用することができない。

また、被告は、本願考案のペン芯の凹凸部は、単に溶剤塗布量を多くして、接着能力を大ならしめるものであるにすぎず、ペン芯の凹凸部がどのようにペン軸挿孔の内壁の組織中に喰込み状に介入するかについて技術的開示がない旨主張する。しかし、本願考案の技術的構成及び作用効果については、前認定説示に照らし、明らかであるだけでなく、被告の右主張は、本願考案のペン芯外側に形成された凹凸の構成がペン芯の長手軸線にほぼ直交する構成である点を看過したものであるから、その根拠を欠くものといわざるをえない。

したがつて、被告の右主張は、採用することができない。

そうすると、本願考案が引用例記載の技術に比して効果に格別の差異があるとは認められないとした本件審決は、以上認定の点において、本願考案の要旨を誤認し、その結果、引用例との対比において作用効果の認定判断を誤つたものというべきである。

被告は、本願考案のペン芯外側に形成された凹凸がペン芯の長手軸線にほぼ直交する構成であるとしても、このような技術は固着手段として本願考案の実用新案登録出願前の慣用技術である旨主張し、<証拠>を挙示するけれども、本願考案は、前認定説示のとおり、従来のサインペンが有する欠点を解決するため、溶剤に溶ける合成樹脂製ペン軸に溶剤に溶けない合成樹脂製ペン芯を挿着する構成に、該ペン芯の外側に凹凸を形成し、かつ、該凹凸部に溶剤を塗布する構成を結合した構造を採ることにより引用例記載の技術にはない顕著な作用効果を奏しえたものであるから、たとえ、本願考案の構成の一部をなすペン芯の外側に凹凸部を形成することが従来慣用又は周知の技術に属するとしても、本願考案が引用例記載の技術から極めて容易に考案しうるものであるということはできない。

以上によれば、本件審決は、本願考案の要旨の解釈を誤り、その結果、本願考案と引用例記載の技術との対比において、その認定判断を誤まり、ひいて、本願考案をもつて引用例から極めて容易に推考しうるとの誤まつた結論を導いたものであるから、違法として取消しを免れない。

三よつて、原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武居二郎 裁判官杉山伸顕 裁判官清永利亮)

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